私は学生の頃、就職するということがイメージできませんでした。
それをしている自分など想像もつかない感じです。

就職って何?
なんでみんな就活してんの?
なんで就職しなきゃなんないの?

なので、私にとっては大学時代は社会に出る前のモラトリアム(猶予期間)でした。

しかし、そんな風な言いかたをすると、社会に出る前に気持ちや考え方を準備して~などとかっこよく言えそうですが、私の場合は就職したくないんでただ学生という身分に安住していたに過ぎません。

結局、社会に出る前の準備などかけらもせずに6年半の間、大学にはほとんど行かずパチンコ三昧でした。

そうしてモラトリアム(猶予期間)終了と共に社会に投げ出されたのが現実です。

もし、もし仮に、私が社会に出なくても済むような住みかとお金があれば、100%ひきこもっていたことでしょう。
いやむしろ私の場合は交友関係は比較的あったのでニートといったとこでしょうか。

私は、大学時代、パチンコや麻雀、そしてゲーム三昧でした。
結構、ギャンブルのセンスがあったのか、儲かっていました。

実際、勝つための努力は怠りませんでした。
朝一のサービスや得することには、夜型の生活をしてても結構頑張って早起きして並んだり、あるいは勝てる台を見つけたら、朝から晩までず~~~っと粘っていることもありました。

冷房を浴び続けて風邪をひいたり、座り続けて生れて初めての腰痛を発症したりなんてこともありました。

そんな自分が、ある日から急に運に見放され始めました。
どれだけ頑張っても、粘っても、気合入れても勝てなくなってしまったのです。

お金が減っていきます。
そして、行き詰まって私はコンビニや麻雀店でバイトを始めたのでした。

そして幸か不幸か、北朝鮮レベルの麻雀店で恐ろしいまでの人間性改造が行われ、しかも監視が厳しいので脱北もできなくて、麻雀店収容所に13年も投獄された日々を送り続けました。

それが良かったのかどうか、一応日本なので、栄養面はちゃんとしてましたので、私は生きながらえて社会に戻ってきたのでした。

あの頃、パチンコで急に負け続けることがなかったら、私は今頃その辺で野垂れ死んでいたかもしれません。

それほど、ろくでもない生活をしていました。
アパートはゴミ屋敷でした。

20年ぶりぐらいに会った大学時代の友人には、「たけはる、生きてたんだ~!野垂れ死んでるかと思ってた」と真顔で言われました。

全うな社会で生きるための、基本的な社会マナー以前に、極度のあがり症でもあり対人恐怖症でもあったので、いわゆる普通のサラリーマンなどにはとても就けなかったと思います。

間違いなく、パチンコ屋にひきこもり?まっしぐらだったでしょう。そして年を取ったら路頭に迷うというよりも、路上に生活していたかも?しれません。私の場合、かろうじてやっていけたのが麻雀店だったに過ぎないのかもしれません。

私の例はここまでにしておきましょう。

一般に、モラトリアム期間を終え、人は社会に出ていくなかで自分の立ち位置を定める必要があります。

職業、交友、結婚、生き方、等々。
しかし、その立ち位置を定めることに躊躇し、回避し、うちにこもってしまうのがひきこもりの一つの類型と言えます。

彼ら彼女らの中には、非常に傷付きやすく繊細で、かつ誇り高いがゆえに、自分が敗北する恐れがある社会場面を恐れるタイプの人がいます。

だから、これ以上敗北しないために人生の舞台から降りて、舞台の袖へと見えないように隠れ、そこから舞台の様子を眺めるようになるのです。
敗北しないために行った場所で打ちのめされるような敗北感を感じながら。

それは、さながら、群れからはぐれた動物のようです。
群れからはぐれた動物は生存の危機にあります。
人間しかりです。

彼ら彼女らに必要なことは、群れに戻ること。
人を恐れるがあまりに群れからはぐれたひきこもり者は、最も恐れる人との関りによってこそ救われます。

傷つくこともあるでしょう。
強烈な劣等感に苛まされることもあるでしょう。
屈辱を感じることもあるでしょう。

そしてそれを味わわないために、目の前に橋を作ります。
完璧な安全がない限りは渡らないぞと決意して。

けれど、ひきこもり者が求める完璧なる安全は幻想にすぎません。

完璧な安全がない限りは前に進まない。
それを条件にしている限りは、橋の前で橋を渡る練習を永遠に続けるでしょう。
渡れないのではなく、渡らないという決断をしながら。
本人も知らずして。

この世界に生きている限りは、いつかは怖いながらに橋を渡らなくてはなりません。

その時必要なことは勇気。
そして勇気の源は人との繋がり。

だから、前に進むためには何かをするのではなく、何かを条件闘争するのではなく、まずは怖いがままに人と繋がることが先決なのではないでしょうか。

なんのために?

あなたがあなたの人生を生きるために。
見せかけでない、本当のあなたの人生を。

人との繋がりという本当の安心安全を得るために。