以前、私の元にご相談に来られた女性は、メンタル面のストレスがキャパ超えすると自分の手を噛んでしまう特性を持っていました。
まぁ、これは自傷行為の中ではある種健全なほうで、リストカットや抜毛等々に比べたらその害は、手に跡が付くぐらいの軽度なもので済みます。
ただ、この方の場合、もっと負荷の強いストレスにさらされると意識を失ってしまい危険を伴うので、その対応策を考えておく必要がありました。
そこで取ったやり方がWRAP—元気行動回復プランと呼ばれる対処法の簡易的なもの。簡易ですから、いたってシンプル。
要は、まずは自分の不調時のサインを0~10点で点数化しておく。
例えば、おなかがキリキリする(3点)、呼吸が浅くなる(5点)、夫とケンカした(8点)、等々。
そして次に、自分が元気になるものを、あるいはリラックスできるものを出せるだけ出しておく。
例えば、音楽を聴く、落語を聞く、早く寝る、夫に聴いてもらう、支援者に相談する、趣味に没頭する、おいしいものを食べる、入浴する、温泉に行く、友達にグチをはく、スポーツする、映画を見る、etc・・・
そのうえで最初に点数化した不調時のサインのそれぞれに、何点で〇〇の時は映画を見る、何点で△△の時はカウンセリングの予約を取る、等々の対応策を書いてあらかじめ整理しておく。
こうして整理したものを自分の取扱説明書(マイトリセツ)として、手帳なり何なりで、すぐ見られるようにしておく。
そうしておくことで、ストレス時にそれを軽減する対応を取ることが少ない人にとって、このマイトリセツは有効になります。なぜなら、それをしてこなかったからこそ今の状況があるとも言えるのですから。
ですから、不調サインに該当するときは自動的にマイトリセツを見て対応法を取るというようにしておけば、余計なことを考えなくても済むのです。
この時のコツは、四の五の考えずに行動する、ということです。
ストレス時の思考はたいていの場合、偏った思考になりがちです。
それは自分にとってあまり良くない、時に自分を苦しめる思考になりがちです。
だからこそ、あまり考える時間を自分に与えず、まずは行動してみることです。
準備しておいた行動はもともと自分を元気にしたり、リラックスさせるものをピックアップしているわけですから、それをすることによって自動的にストレスは軽減されていく、という仕組みです。
ところが、その女性とは色々相談して、手を噛むようなレベルの状況への対応策を用意していたにもかかわらず機能していませんでした。
そこでもう一回、マイトリセツを見直しました。
本来、対人支援においてクライエントにとって何が有効かは、支援者ではなく本人に答えがあります。支援者はあくまでその答えを導く役割を担うにすぎません。
しかし、そのアプローチをしたのにもかかわらず、うまく機能していない。
要は、その女性はあまり良い答えを持っていないのではないかということで、こちらから何個か小技を提案しました。
あくまで提案であって決して強要しない。それをするかどうか決めるのは本人です。
それを前提に、まずは簡易的な漸進的筋弛緩法を提案しました。
漸進的筋弛緩法とは、例えば手をギューッと握って5秒ぐらいした後、ストンと力を緩める。
そして次に腕を同じように力を入れた後、またストンと力を抜く。
次は肩、その次は首などと順々にやっていき、やがて体や心の緊張がほどかれていくというリラックス法です。
彼女は、ストレス過多になってくるとモヤモヤ感が自分の心を覆い始めます。
そして心臓が圧迫されたような状態になり、息苦しくなってきます。
それが続くと、その状態から何とか逃れたくなります。
そこで彼女がこれまで取ってきた方法が手を噛むという自傷でした。
リストカットもそうですが、自傷は痛くないということがしばしばあります。
むしろ心の暗雲をスパッと切り開いてホッとする有効な手段なのです。
ですが、自傷ではなくより健全なものに対処策を変える必要がありました。
その一つとして提案したのが、簡易的な漸進的筋弛緩法でした。
自傷寸前で手→腕→肩などと順番にやっている暇はありませんから、一気に両肩を上げて顔をしかめて、握りこぶしをギューッと握って、・・・1、2、3、4、5・・・ストン。
そしてもう一回。
更にもう一回。
次第に息が深く吐き出され心が緩んでいくのを実感します。
自傷は心の痛みを体の痛みに置き換えて心を解放する手段と言ってもいいのかもしれません。
その自傷の部分を全身に力を入れるという方法に代替したとも言えます。
そしてもう一つ彼女に提案したのが、氷ギュー作戦。
理屈は同じです。
心がしんどく視界がモヤがかってくる、胸が締め付けられ息が上がり、とにかく苦しい。
そんな時に冷凍庫から氷を取り出し、ギュー、ギュー。
冷たいのか痛いのか良く分からないような感覚です。
歯を食いしばり、しばらくそれを続けます。
やがて溜めていた息がフッと吐き出され、力が少しずつ抜けていきます。
肩の力も抜けていきます。
何が効く、効かないかは私には分かりません。しかし、やらなきゃ分からない。
やってみて試してみてのトライアンドエラーですね。
分かっている答えは、これまでと同じことをやっている限りは同じことが続くということ。だから違うことをやってみる必要があること。
こんな、あまりにシンプルな原則が結構、意外にできていないものです。
言うは易し、行うは難しなんでしょう。
ソリューション・フォーカスト・アプローチという心理療法の原則にあります。
一度やってみてうまくいったことはもう一度やってみよ。
まずはとにかく違うことをやってみることです。