対人恐怖症の一つに他害恐怖というものがあります。
これは自分が誰かを害してしまう、あるいは害したのではないかという過剰な恐怖のことで、対人関係を恐れてしまう恐怖症の一種です。

他害恐怖には様々なものがありますが、よくあるのが自己臭恐怖。
自分の何らかの臭いが相手を不快にさせているに違いないというもの。

ちなみに私も高校の頃、一時期それらしきものがありました。

家でストレッチをやってたらたまたま自分の足の臭いを嗅いでしまってショックを受け、風呂場に行って洗ったものの洗っても臭いが取れてないと思い込んで、何度も洗うという。

学校に行ったらみんなにバレちゃうんじゃないかと怯えました。

しまいには、このままではいけない・・・そうだ!消臭スプレーみたいなのが世にあるのでは?と思い、秋田の田舎のスーパーで怪しげなフルーツの香りがするスプレーを買いました。

それを持って授業中抜け出して下駄箱に行ってブシューとやってたら、人が来たんで慌ててそのままその靴を履いて教室に戻りました。

そしたら、まだ香りの冷めやらない靴の間からスプレーの気体が漏れてきそうな状態だったため、それこそ足の臭いと靴の臭いとフルーツスプレーの臭いの混じった、あまりにもしんどすぎる臭いにそれこそなんだコイツはと隣の友達にうちわであおがれ周囲がざわついたことは、若干トラウマになってます。

しばらくは真剣に悩みましたが、いつの間にか忘れてしまったように思います。今考えると笑えますが、当時はもはや悲劇でした。

けれど、これがひどくなると、妄想的なまでに自分の匂いが周りを不快にさせているに違いないと強く信じます。

以前、相談に来られた人で、自分のワキガが相手に匂っているに違いないとひどく悩み、汗腺の手術を何度もしたという人がいました。

匂いますよねと聞かれるのですが、全く匂わないんですね。
私が匂いませんと言っても全く信じません。
みんなそう言いますと。

まるで、自分の匂いが相手に不快にさせているという『真実』を頑なに守ろうとしているかのようでした。

そして、自分が誰かと話している時に、たまたま相手が鼻の頭に手をやったり、かいたりすると、あぁやっぱり匂っているに違いないとの信念を深めてしまう。

誰がどう見てもアホらしくなってしまうようなことが、いわゆる森田神経質タイプの方にとってはあまりに苦しい真実なんです。

私も、今は全然和らいだものの、元々は森田神経質タイプの性格傾向だったので、他にも似たような経験がありました。

それは私が麻雀店で働いていた頃です。

名付けて、「緊張伝播恐怖」。

当時、あまりにもあがり症の症状がひどく、緊張が度を越えていたので、遊びに来ているお客さんにも緊張が移って不快な思いをさせるのではないかというもの。

私は他者を傷つけることに自分が傷つく性格傾向があります。
誰かが私のせいで嫌な思いをすることは耐えがたいのです。

なのに、よりによって楽しみに来ているお客さんに辛い思いをさせる。

こんなの他人からしたらホント訳わからないしアホなことですが、これには本当に苦しみました。

結局13年間麻雀店で働いている間、治りませんでした。
それこそ一生分は打って、慣れに慣れているはずの麻雀をたまにする時、今でもこの感覚が湧いてきます。もはや、一生もんのトラウマかもしれません。

更に、私はタバコの煙が耐えられなくなってきて麻雀店を辞めたのですが、当時、タバコの煙を吸わないようにと息を止めたりとかハンカチでふさいだりとかいろいろやっているうちに、自然に息を止める事が習慣になっていきました。

そこに、あがり症の緊張で息が浅くなることが相まって、日常生活にも影響が及んでいき、第二の天性として私は寝ているときの呼吸が非常に浅くなりました。これは多分治ってないですね。

それもあってか、私は太っていないのに睡眠時無呼吸症候群とも診断されました。

なんだか、こうして書いていると、今はのほほんと生きていてあまり自覚がなかったのですが、改めて私は、今なお後遺症を抱えているサバイバーなんだなと思いました。

話がズレてきました。
今日は他害恐怖症の話でした。

結局、他害恐怖症の方は、誰かを不快にさせているに違いないという証拠を隈なく探して、結果として見つけてしまうのです。

自分のキツい視線が相手をにらんだように思われたに違いない・・・
自分が歩いた道で誰かにぶつかってケガさせたかも?・・・
自分の言動が・・・・・・

結局こういった他害恐怖の相談なりカウンセリングで、その原因をつぶしていくアプローチにはあまり効果がないでしょう。もちろん対症療法では歯が立たないでしょう。

なぜなら、これらは汗腺の問題でも、自分の過度の緊張の問題でもない、自分が誰かを不快にさせているに違いないという信念にこそ根源があるからです。

こういったケースでは、森田療法のアプロ―チでもちょっと厳しいように思います。

ここではまったく従来の発想ではなく発想の転換が必要です。
物事の原因ではなく目的を探る。
つまり、そのように思ってしまう目的をこそ考えていくことにヒントが出てくるでしょう。

アドラー心理学の目的論の視点が欠かせないのです。
そして、その人の根幹の信念であり生き方のパターンであるライフスタイルを分析できれば、もしかしたら克服できるかもしれません。

ある人は衝撃のあまり、絶句と歓喜が入り混じった忘れがたい表情をしたことがありました。

当然と言えば当然かもしれません。
なぜなら人生の謎が解けたのですから。

(※ここで上げた事例は個人情報に鑑み、一部修正して書いてあります。)

 

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